おはようございます!
今日は過去の話…
中学、高校の頃はダンスから離れて6年間バレーボール部として青春してました。
学生の頃の思い出がほぼ薄れていく中で未だに忘れられない思い出ってありませんか?
クラスメートの名前がほぼ思い出せない忘却具合なのに、これだけは鮮明に覚えてるという出来事が3つあります。
8年の時を経てもまだ覚えているので、もう一生忘れないためにここに残しておこうと思います。
まずはこちら。
カピバラ事件
高校のバレー部は結構厳しくて、先生の言うことには「はい」もしくは「いいえ」で答えなければいけない。
そして先生の言うことは絶対という暗黙のルールがあり、軍隊みたいでした。
自分の高校に他校が来てひたすら練習試合をしてた日。
私はリベロというレシーブ専門のポジションだったのですが、その日はいつも以上に調子が悪くてミスを連発し、あー、早く今日終わらないかなぁ〜と完全にやる気を喪失してました。笑
すると試合中顧問の先生は私にこう怒鳴りました。
てめぇカピバラみたいな顔しやがって!
そ…それは元からですゥ…
大真面目の先生と笑いを堪えて肩を震わすチームメイト。
「はい」か「いいえ」どちらが正解なのか本気で悩む高校生の頃の真面目な私。
何て答えたかは覚えていませんが、あ、私カピバラなんだ。と気づいた瞬間でした。
パンツ事件
毎年夏に1週間くらい岡山の環太平洋大学に合宿に行っていました。
大学の宿舎に泊まり、食事以外の身の回りのことは全て自分たちでやります。
私は副部長だったのですが、部長と副部長(2人)は顧問の先生の洗濯物の回収と返却、風呂掃除、部屋の掃除が義務付けられていました。
洗濯が終わり、洗濯物を干す担当と風呂担当と掃除担当に分かれて作業していて私は風呂担当でした。
作業が終わって自分たちの部屋に戻って自分の洗濯物を干そうと洗濯ネットを開けたら、見たことないかわいいピンクのパンツが出てきました。
大部屋で生活していたのでこのパンツ誰の?と聞き回っても誰も引き取り手がいないしどこを探しても私の洗濯物が見つからない。
…はッ!!!!
私は一人で顧問の先生の部屋に行き、インターホンを押し
「すみません。多分私の洗濯物が先生の部屋に干されてます」
「はあ?」と言われながらも再び部屋に入れてもらったら案の定私のパンツが先生の部屋に干されていました。
笑いを堪えながら自分のパンツと先生のパンツを交換し、逃げるように部屋を出ましたとさ。
歌え事件
この日は自分の高校で試合形式の練習をしていました。
練習が全体的にダレてきてしょうもないミスが続き始めて、先生が喝を入れようとして部員全員を集合させて全員に向かってこう言いました。
「度胸と気迫が足りない。今ここで大声で歌ってみろ!」
う…歌…だと…
全員大困惑。誰が何の歌を歌い出すか?の探り合いで体育館はシーーーンとしています。
なおさら歌い出しづらい雰囲気。
こういう誰か行けよ…みたいな雰囲気が私はなぜか大嫌いで、特に考えることなく気付いたらこう歌い出してました
『まぶしいっ陽差しを背にィ走り出す街の中ァ』
なぜかスラムダンクのオープニングテーマの「君が好きだと叫びたい」を歌い始めた私。
しばらく私のソロコンサートが続きます。
え、体育館で歌うのめっちゃ気持ちいいんですけど!!
しかし。
私はこの曲を気に入っているだけで歌詞はよく知らない。
サビに入る手前で記憶が途切れて歌詞とメロディが分からなくなり風早コンサート中断。
すると先生。
「やめるなァァァ!!!」
先生ごめェェェん!!
先生の怒号と同時にもう一人の副部長がチームの応援歌(試合中に歌うやつ)のメドレーを歌い始めて、他の部員も応援歌で続々と参戦。
その手があったかァァァ
でも悔しかったので応援歌に混ざって私はサビから歌い始めたのでした。
「君が好きだーと!叫びーたい!明日を変えてみよう!フフフフフッフッフーフフッフー!」
おわり
思い出のシェアにお付き合いいただきありがとうございました。
今はこうして何やってんねんってツっこめますが、当時は大真面目。
全力で従ってました。笑
理不尽が理不尽だと気づいていないピュアさがやっぱり子どもだったなぁと思ったり。
個人的に歌え事件が好きです。笑
では!